くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

仮繃帯所にて『原爆詩集』より・峠三吉 :変わらぬ日常が切断される残酷

峠三吉の『原爆詩集』より「仮繃帯所にて」を読みました。底本『新編原爆詩集』(青木書店)青空文庫で読めます。→図書カード:原爆詩集

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『原爆詩集』は最初、大手出版社から出版される予定でしたが、朝鮮戦争や進駐軍との関係などによって発行できなくなり、初版は1951年8月6日、ガリ版刷りで500部限定で発行されました。

その後、作品を追加して、1952年6月に青木書店から文庫版『原爆詩集』が発行され、版を重ねて現代にいたっています。

 

仮繃帯所にて

                    峠三吉


あなたたち
泣いても涙のでどころのない
わめいても言葉になる唇のない
もがこうにもつかむ手指の皮膚のない
あなたたち

血とあぶら汗と淋巴液(リンパえき)とにまみれた四肢(しし)をばたつかせ
糸のように塞(ふさい)だ眼をしろく光らせ
あおぶくれた腹にわずかに下着のゴム紐だけをとどめ
恥しいところさえはじることをできなくさせられたあなたたちが
ああみんなさきほどまでは愛らしい
女学生だったことを
たれがほんとうと思えよう

焼け爛(ただ)れたヒロシマの
うす暗くゆらめく焔のなかから
あなたでなくなったあなたたちが
つぎつぎととび出し這い出し
この草地にたどりついて
ちりちりのラカン頭を苦悶(くもん)の埃ほこりに埋める

何故こんな目に遭あわねばならぬのか
なぜこんなめにあわねばならぬのか
何の為に
なんのために
そしてあなたたちは
すでに自分がどんなすがたで
にんげんから遠いものにされはてて
しまっているかを知らない

ただ思っている
あなたたちはおもっている
今朝がたまでの父を母を弟を妹を
(いま逢ったってたれがあなたとしりえよう)
そして眠り起きごはんをたべた家のことを
(一瞬に垣根の花はちぎれいまは灰の跡さえわからない)

おもっているおもっている
つぎつぎと動かなくなる同類のあいだにはさまって
おもっている
かつて娘だった
にんげんのむすめだった日を

 

今年もまた、この詩集を読む時期が廻ってきました。毎年8月に、戦争に関する詩を、1篇だけ読んでいます。

今年は、峠三吉の『原爆詩集』より「仮繃帯所にて」。

広島に原爆を落とされた直後の、女学生の姿が描かれています。

いまどきの言葉で言えば「JK」と言うのでしょうか。キラキラ、キャピキャピ、元気溌剌とした姿は、そこにはありません。 

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 仮繃帯所(かりほうたいじょ)というのは、戦線の後方に設置される応急救護施設です。

前線で負傷した兵が、一旦運び込まれて、止血などの簡易的な手当をする場所で、治療して苦痛をとりのぞいてくれる病院ではないのです。

「つぎつぎととび出し這い出し この草地にたどりついて」とありますから、施設と言っても、建物などではなく、ただの空き地に負傷者が寝かされているだけなのでしょう。

焼けただれてボロボロになった人たちが、必死にたどりついた場所であっただろうと思います。

広島への原爆投下は、1945年8月6日午前8時17分。女子高生は登校の時間でしょうか。それとも、奉仕作業場へ向かう途中だったのでしょうか。

1秒前には、いつもと変わらぬ日常があって、勉強のことや、好きな遊びのこと、友達のこと、好きな人のこと、そして、将来のこと、希望に満ちた将来があったはずなのに、何が起こったのかわからないままに、服は焼けて消えてしまい、肌は焼けただれて、恥じらいなど感じてもどうにもならない現実にさらされている女の子たち。 

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何の罪もなく、ただそこに生きていただけなのに、一瞬のうちに壊れてしまう残酷。

 それが自分だったら、娘だったら、孫だったらと思うだけでも、考えを拒否してしまいそうになる現実を心に刻まなければなりません。

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