くきはの余生

リタイアしてようやくのんびり暮らせるようになりました。目指すは心豊かな生活。還暦目前で患った病気のこと、日々の暮らしや趣味のことなどを綴っています。

死・峠三吉『原爆詩集より』:忘れてはいけない記憶

 峠三吉の『原爆詩集』より「死」を読みました。底本『新編原爆詩集』(青木書店)青空文庫で読めます↛図書カード:原爆詩集 f:id:kukiha-na:20190806234310p:plain

 峠三吉は、1917年大阪で生まれ、広島で育たました。戦前は詩や俳句、短歌に親しみ、新聞や雑誌に投稿。

1945年28歳の時に爆心地より3kmの自宅で被爆しました。その直後に親戚や友人の安否確認のため歩き回った経験が『原爆詩集』の原型になりました。

学校卒業した頃から肺結核を患っていた、1953年に肺葉摘出手術を受けるも失敗。享年36歳でした。 

   

死 

     峠 三吉

泣き叫ぶ耳の奥の声

音もなく膨(ふく)れあがり

とびかかってきた

烈しい異状さの空間

たち罩(こ)めた塵煙(じんえん)の

きなくさいはためきの間を

走り狂う影

〈あ

にげら

れる〉

はね起きる腰から

崩れ散る煉瓦屑の

からだが

燃えている

背中から突き倒した

熱風が

袖で肩で

火になって

煙のなかにつかむ

水槽のコンクリー角

水の中に

もう頭

水をかける衣服が

焦こげ散って

ない

電線材木釘硝子片

波打つ瓦の壁

爪が燃え

踵かかとがとれ

せなかに貼はりついた鉛の溶鈑(ようばん)

〈う・う・う・う〉

すでに火

くろく

電柱も壁土も

われた頭に噴(ふ)きこむ

火と煙

の渦

〈ヒロちゃん ヒロちゃん〉

抑える乳が

あ 血綿(けつめん)の穴

倒れたまま

――おまえおまえおまえはどこ

腹這いいざる煙の中に

どこから現れたか

手と手をつなぎ

盆踊りのぐるぐる廻りをつづける

裸のむすめたち

つまずき仆(たお)れる環の

瓦の下から

またも肩

髪のない老婆の

熱気にあぶり出され

のたうつ癇高(かんだか)いさけび

もうゆれる炎の道ばた

タイコの腹をふくらせ

唇までめくれた

あかい肉塊たち

足首をつかむ

ずるりと剥むけた手

ころがった眼で叫ぶ

白く煮えた首

手で踏んだ毛髪、脳漿(のうしょう)

むしこめる煙、ぶっつかる火の風

はじける火の粉の闇で

金いろの子供の瞳

燃える体

灼(や)ける咽喉(のど)

どっと崩折(くずお)れて

めりこんで

おお もう

すすめぬ

暗いひとりの底

こめかみの轟音が急に遠のき

ああ

どうしたこと

どうしてわたしは

道ばたのこんなところで

おまえからもはなれ

し、死な

ねば

らぬ

 

 実際に被爆して、広島に原爆が落とされた直後の町を歩いて、その目で見て、嗅いで、体感した作者の生々しい叫びです。

読んだ感想や解説などは語ることができません。読んで、ただ感じて、間接的な体験として、自分をその場に置き換えて想像するだけです。

身体が震えます。恐ろしいです。想像するだけでそうなのですから、あの日、その場にいた人々の精神状態はどれほどのものか、想像することさえできません。

実をwww.ebaragioba.info実を

実を言うと、この詩集を読むのはエネルギーが必要で、とても辛いです。でも、毎年、この時期には、必ず読み返すことにしています。

戦争を実体験していない私達は特に、リアリティを持って感じられなくなりがちですから。

それに、人間は「忘れる」動物で、特に辛かったことは忘れたいと思ってしまうものです。

だからこそ、辛いことが多くても生きて行けるとも言えるのですが、戦争の記憶、そして原爆の記憶は決して忘れてはいけない記憶だと思うのです。

スポンサーリンク