くきはの余生

リタイアしてようやくのんびり暮らせるようになりました。目指すは心豊かな生活。還暦目前で患った病気のこと、日々の暮らしや趣味のことなどを綴っています。

いづれの御時にか・桐壺1:源氏物語2

 先日宣言したように、源氏物語を原文で読み始めました。と言ってももちろん活字になったものですけれど、『源氏物語 現代語訳付き 全10巻合本版』玉上琢也・著 電子書籍版です。

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10年計画なので(笑)途中で飽きてお休みする期間もあるとは思いますけれど、古文の美しさを感じながらゆるゆると読んで行こうと思っています。

まずは「桐壺」の冒頭部分から。  

 

いづれの御時にか 女御更衣あまた侍ひ給ひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬが、すぐれて時めき給ふありけり。

はじめよりわれはと思ひあがり給へる御かたがた、めざましきものにおとしめそねみ給ふ。

同じほどそれより下臈の更衣たちは、まして安かららず、あさゆふの宮仕へにつけても、人の心をのみ動かし、恨みを負ふつもりにやありけむ、いとあつしくなりゆき、もの心ぼそげに里がちになるを、いよいよあかずあはれなるものに思ほして、人のそしりをもえはばからせ給はず、世のためしにもなりぬべき御もてなしなり。

 古文でも日本語ですから、よくわからない言葉があっても、文法を理解していなくても、前後関係でなんとなく理解できるような気がします。学ぶためではなくて物語を楽しむために読むのですから、細かいところにはこだわらずに読み流して行くつもりです。

源氏物語は、宮仕えの女房(女官)がお話を「語る」という設定で綴られています。現代の文章と違って、主語が書いていないのでわかりにくいのですけれど、前後関係と敬語の使い方によって推測できるということのようですね。

とある帝(桐壺の帝)の御代に、女御や更衣などが大勢お仕えしていたところに、さほど身分が高くないのに、特別にご寵愛を受けていた人(桐壺の更衣)がいました。

我こそは帝にお目をかけていただこうと野心を持っていた身分の高い方々は、彼女を身の程知らずだと思って、おとしめ嫉み、同じ程度の身分の人も、彼女より低位の更衣たちなども、心穏やかではいられず、朝夕の宮仕えでも意地悪されたりするので、(桐壺の更衣が)体調を崩して実家にこもりがちになるのを、(帝は)気の毒と思われて、他人のそしりなどには気にも留めずにいらっしゃり、後の世の人の語りぐさにもなりそうなご寵愛ぶりでした。

 現代人の感覚にすると、パワハラ、モラハラの職場という感じに思えてしまうのですが、いずれの時代にも人間の心には恨みやそねみ、嫉妬などの感情は抑えがたいものがあって、ましてや、帝一人を頂点とする後宮においては、ドロドロの感情渦巻く世界であったのは想像に難くありません。

でも、それって、当事者たちはともかく、ハタから眺めている読者にしてみると、なんとなくワイドショー的な感覚かななんて考えてみたりします。

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女御・更衣

女御(にょうご)、更衣(こうい)は天皇の妻に当たる方々です。女御は、皇后・中宮に次ぐ位の妃で、皇后・中宮は女御の中から選ばれるのが一般的でした。

更衣は、女御よりは下の身分の妃です。もともとは帝の着替えのお世話をする女官でしたが、帝のプライベートなお部屋に立ち入りができることから妃と遇されるようになりました。

平安時代の寿命・結婚適齢期

平安時代の平均寿命は30歳くらいだったと言われています。

栄養状態も良くなかったし、衛生状態も悪かったことから病気になる確率も高く、特に体力の無い子供の死亡率が高かったそうです。

そのため結婚するのも早くて、男性は15歳頃から、女性は13歳頃から。

ということは、源氏物語で描かれている後宮のお妃さまたちは、現代なら中学生、高校生といったお年頃ということになりますね。

人生30年なのですから、当然現代のお嬢さんよりはずっと早く大人にならざるを得ないでしょうけれど、30歳になったらもう老人か……どんな一生を送っていたのか興味が湧いてきました。