くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

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実家の断捨離は母娘の家事バトル

断捨離していて障害になるのは、自分以外の物の断捨離でしょう。年を取ってきた両親が住む実家なども。

断捨離したいけれど、親が嫌がるので、なかなかできないということで悩んでいるという話もよく聞きます。

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家族や身内と言っても、それぞれ別の人格ですから、考え方もさまざまで、自分の思うように動かすことは難しいですね。 

  

私はいわゆる「家つき娘」でしたので、夫と結婚しても実家に住んでいます。そのため、断捨離は、自分の家と同時に実家の断捨離でもありました。

実の親と暮らしているので、嫁姑問題というのはありませんでした。「実の親なんだから気楽でいいわね」とも良く言われました。

確かに、喧嘩して嫌な思いをしても、相手が実母なので険悪になることはなかったと思います。

でも、母と娘は同志でもありますが、同時にライバルでもあるのだと感じます。私が結婚したばかりの頃は、家事に関して母とよく対立していました。お互い相手のアラが見えてしまうのですよね。

実の親子だからこそ容赦なく言い合って、母の言葉で傷ついたこともありますし、おそらくは私の言葉で母を傷つけたこともあったと思います。

当時の母は今の私くらいの年で、我が家のベテラン主婦として確固たる地位を築いていましたから、娘とは言え台所に侵入してきて勝手に振る舞うのが不快だったように思うのです。

母にはおそらく、そういう自覚はなかったと思いますが、無意識のうちに、私が家事の主導権を握ることを拒んでいたように感じていました。

一家に主婦が2人というのは、実の母娘でもなかなか難しいものだなと思います。

どんなことでそう感じていたのか、うまく言葉では説明できませんが、料理を作ってもいちいちチェックが入ったり、せっかく部屋の片付けをして置く場所などを決めても、気がつくと元にもどしてしまったり、良かれと考えてやったことを頭から否定されたり、等々、些細なことの積み重ねだったと思います。

でも1年もするとその状態に馴れてきました。当時は私も外で仕事をしていたので、母と張り合おうとするのはやめて、全面的に任せてしまおうということにしました。

母に家事をやってもらえば楽ですし、喧嘩も避けられるので。雑然としていた家をなんとかしたいと考えてはいましたが、自分が主導権を握れる時が来るまで待っていることにしたのです。(母は母でなんとか片付けようと努力はしていたと思いますが)

その後、10年ほどして、私が外での仕事をやめてからは、食事の用意は私がするようになり、徐々にバトンタッチされるようになってきました。

さらに、10年後、祖父母が亡くなり、父も亡くなり、母も年を取ってきて、私のする家事に口を出さなくなり、自然に主導権が移ってきたように思います。

仲が悪かったわけではありませんが、女同士だと心の内では静かなバトルがあるものなのです。

ともあれ、数年前くらいからは、晴れて私のやりたいように家事ができるようになったので、母の許可なく家全体の断捨離に着手することができるようになりました。

長かったなと思います(笑)でも、一家の主婦を長くやってきた母には、母のやり方があって、主婦駆け出しの娘が口を出して、やれ断捨離だ、不要なものを捨てろだと言っても受け入れるのは難しいのです。

実の母娘でもそうなのですから、お姑さんとお嫁さんの同居はもっともっと大変なのだろうなと想像します。

現在の母は認知症で老健施設でお世話になっています。今では娘の顔も忘れてしまっていて、複雑な気持ちになりますが、いつもニコニコ幸せそうに過ごしています。

私自身も、ライバルだった当時に比べると穏やかな気持ちで母と接することができるようになりました。

家の主導権が相手にある時に、無理に断捨離しようとしてもトラブルのもとです。そんな時は時期を待つのもひとつの方法ではないかと感じます。

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