くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

参考リンク:

私の果樹園・三木清:聖なる果実を学び育てそして収穫する

三木清の「私の果樹園」を読みました。底本は『現代思想体系33』(筑摩書院・刊1966年)青空文庫で読めます →図書カード:私の果樹園

 

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 三木清は1897年兵庫県生まれの哲学者。京都帝国大学で哲学者の西田幾太郎に師事しました。大学在学中には友人達の影響で和歌を詠んでいました。ドイツ、フランスなどに留学して学び、帰国後には法政大学哲学科の教授として教鞭をとりました。パスカル研究の第一人者として有名です。

戦争中、治安維持法違反の高倉テルが逃亡中に服や金を与えたということで投獄され、衛生状態が劣悪な環境で留置された末に終戦後1945年に48歳で獄中で亡くなっています。 

 

私の果樹園

 

          三木 清

 

豊かな果樹園を作るのは

貴い魂にふさわしい仕事だ。

それは孕める羊が産まぬ間(ま)に

草原から草原へさまよい歩く

遊牧民のことではない。

泣き叫ぶ声を聞きながら日の落ちぬ間に

村から村を襲うて狂う

暴虐な軍隊のことではない。

また次の骰が投げられぬ間に

町から町をかけめぐる

苛立たしい都会人のことでもない。

たましいの思慮と優しさと

堪え忍びと静けさが必要だ。

それは天国を地上にもちきたす

聖なる魂にさへふさわしい仕事だ。

私も私の果樹園をつくろう。

大きく拡がり根を張るドイツ語で

しっかり伸びた果樹をつくり

美しさと味に富んだギリシア語で

彫刻的で生気ある実を結ばせよう。

賑やかなイギリス語で根をはやし

素朴なラテン語で垣をめぐらそう。

アッシリア語で風車を作るのもいい

さてあるときはイタリア語で

暖かいふくよかな風をそよがせ

またあるときはフランス語で

エスプリと香気との風を吹かせよう。

 

して私は籠(ざる)をさげ、斧をかつぎ、鋏をもち鎌をとつて、

私の果樹園へ入ってゆこう。

ホメロスをさがそう、ヴィルチルを尋ねよう、

ダンテ、ゲーテ、バイロン、ヴェルレーヌ。

聖なる言葉と美しい言葉を尋ねよう。

しかし豊かな私の果樹園では、

愚かな言葉も、醜い言葉も

みな一様に栄え茂っているから

私のもとめる収穫はなかなか困難だ。

 

でも今年の花はどこへ散ったのであろう。

来る年の草の芽はどこへ求めよう。

そして去年(コこぞ)の雪はどこにたずねよう。

 最初に読んだ時、とても印象的な詩で、言葉もそれほど難しくないので好きな詩だと思いました。でも、イザ感想を書くという段になると難しくて、「下書き」状態にして1ヶ月も2ヶ月も置いたままになっていました。

哲学者が書いた詩なので奥が深くて、私の知識や経験では読み切れないのかとも思います。

「それは孕める羊が産まぬ間(ま)に……」とか「泣き叫ぶ声を聞きながら日の落ちぬ間に……」とか「また次の骰が投げられぬ間に……」とかの表現はサラリと心の中に入りこんでは来るのですが、なんとなくわかるような、わからないような(笑)でも、これらのことはすべて○○ではないと否定しています。

では、何なのかと言うと、「聖なる魂の仕事」である「私だけの果樹園」を作るために、各国の言葉を学び、先人達の書いた書物を学び豊かな果樹を育て、それを収穫しようということなのかと想像します。

つまり、作者の仕事である哲学を追求し続けていこうということなのでしょうか。詩全体として大きな比喩になっているのかなと感じます。

一度書かれた詩は、作者の意図とは離れて、読者が自由なイメージで読んでいいはずなので、深い意味はわからなくとも、言葉の流れや、独特の表現を楽しめればいいのかなと思います。

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