くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

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片付けなんてしなくても死にゃしないけど

私は、以前はお部屋が雑然としていて何とかしたいけれど、体が動かない人でした。スッキリと整った部屋は好きなのです。気分が良いですし。

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でもなぜか、棚にモノが重なっていても、押し入れがモノで詰まっていても、足下にモノが散乱していても、片付けられませんでした。自分でも理由はわからないのです。

 

精神的にどこか病んでいたのかもしれませんし、単にだらしなかったからかもしれません。今でもナマケモノの面倒くさがりな傾向はありますから。

ですから、心の中で罪悪感を強く感じながらも、「片付いていなくても死ぬわけではないから」と、それを言いわけにして、散らかった部屋を見て見ぬ振りをしていたように思います。

断捨離を続けて来た今は、当時よりは少しマシになったかなとは思いますが、正直今でも「やりたくないなら無理してしなくても良いんじゃない?」と思っています。

ニュースなどでやっているゴミ屋敷みたいになってしまうと、ご近所に迷惑をかけてしまいますからダメですけれど、他人に迷惑をかけないなならば、やりたくないものを無理にする必要はないのです。

なぜなら「片付けなくちゃ」「何とかしなくちゃ」と自分を奮い立たせないといけない状態、義務感で動こうとしているうちは、体は動いてくれません。そんな時に「片付けしなさい」と言われたって無理ですよ。

oba.hatenablog.com

義務感ではなくて、「あれ? 私でも断捨離できるじゃない」「片付けると結構気持ちが良いじゃない」と実感することができた時に、はじめて、自分から積極的に動けるようになるのです。

「片付けると気持ちが良い」という成功体験がいくつも重なって行くと、動くことが苦ではなくなって、当たり前に生活の中に溶け込んでくるのです。

断捨離をはじめたいと、心から決心できたら、トレーニングをはじめると良いと思います。簡単なところからはじめて、それが習慣化して当たり前のことになってしまえばしめたものです。

断捨離をしていて思ったのですが、家の掃除とか片付けなど、ハウスキーピングもれっきとした「技術」なのだと思います。

でも、子供の頃に掃除のやり方や片付け方を教えてもらったとか、教育を受けたという記憶はありません。

それなのに女の子ならできるのが当たり前、できないのはおかしいと思われて評価されてきたのも事実。

私自身も、できないのが恥ずかしい、女性としての能力が劣っているとか、だらしないとか思っていたりもしました。

お部屋を片付けるのは技術なのだから、学んだり練習たりすることが必要なのです。

最初はできないのが当たり前。できるようになりたいのなら、少しずつトレーニングをはじめましょう。

要は、誰かのために渋々するのではなくて、自分のために積極的にするということ。その気持ちがあれば、スッキリした気持ちの良いお部屋はすぐそこまで来ています。

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