くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

山茶花・父の10回目の命日に寄せて

父が亡くなった直後、廊下に出た時、目の端に移った庭の土が血のように赤く染まっていてギョッとしたのを思い出しました。山茶花の花びらでした。

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 写真は今年の花びらですが、その時は、父の看病で庭の掃除などする余裕もなくて、もっともっとたくさん散り積もっていました。

12月10日。父が亡くなってから10回目の命日が過ぎました。でも…… 

 

 薄情な娘は、すっかり命日を忘れて、普段通りに過ごしていました(汗)

教員だった父の教え子で、趣味仲間だった人が、「通りかかったから」と、お線香を上げに来てくださって、はじめて思い出したというありさまでした。

突然のことで慌ててしまい、お茶も差し上げずに失礼してしまったのですが、10年経っても覚えてくださる方がいるなんて、思ってもみなかったので、ありがたかったです。

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父はすべての仕事から退職した後は病気がちで、数年間に、心臓、胃、肺、脳など計6回も手術をしました。心臓以外は、どれも癌でした。転移ではなく、それぞれ別の癌だったそうです。

私など1回の手術でも、もうこりごりだと思ったのに、愚痴も言わずに6回も大手術を乗り越えたのは、身内ながらすごい精神力だったなと思っています。

父が最後の病気、脳腫瘍だとわかったのが、私が50歳になる直前でした。あれよあれよと言うまに2回の手術、ガンマナイフという抗ガン治療。病気が判明してから半年あまりで亡くなってしまいました。 

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ガンマナイフの治療をした後で、主治医からは、「もうあきらめた方がいい」と言われていて、夫と妹には伝えたのですが、それを父本人と母には言うことができずに、そのことが結構つらかったことを覚えています。

でも、父は亡くなっても家族をあまり寂しがらせません。教員時代によく行っていたように、長い出張にでも出ている感じで今に至っています。

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身内の死は、残った人を成長させてくれるものなのかもしれませんね。母方の祖父母、父方の祖父母、そして父と送って来ましたけれど、その都度、言葉にならない「何か」をもらっているような気がしています。

命日は忘れてしまう私ですが(汗) この季節、庭の山茶花の花が散り始めると、廊下に出て当時のことを思い出します。

あの時は花の色の赤さに驚きましたが、今また眺めると、土に散っているようすがとてもきれいで、心が慰められるような気がします。 

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