くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

ポートワインの木・義兄の形見の木が甘い香りで咲いています

 家の入り口にあるポートワインの木の花が咲きはじめました。

玄関を出入りすると、風に乗ってふわっと甘い香りがただよって来ます。

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 ポートワインの木、または、カラタネオガタマ。中国原産で、4~6月頃に花が咲きます。 

 花は小さくて、地味なのですが、甘い優しい香りがして、心和みます。

 

この木は、亡くなった義兄(夫の兄)が、庭師だったのですが、生前、好きなのを持って行けと言って、夫に持たせてくれた苗でした。

以来、「おにいさんの木」として、庭に出るたび眺めています。

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 義兄は、今の私と夫と同じくらいの年齢の時に、仕事場で突然倒れて亡くなってしまいました。

実のところ、木を見ると、その時の衝撃が微かによぎるのですが、それよりも強く、義兄の人となりが懐かしく感じられて、あたたかな気持ちになれます。

 木は寿命が長いので、それを植えた人や、縁のある人がいなくなったあとも、ずっと生き続けます。

残された人は、その木を見るたびに、その人を感じることができるのかもしれません。

私自身、庭を歩きながら、「これは祖父が植えた木」「これは父が好きだった木」「あの時、叔父が勝手に植えて行った木」など、思い出しながら見ていたりします。

最近では、私も、死んだ  あとに「私の木」として思い出してもらえるような木を植えてみたいな、なんて考えてみたりします。

でも、私も夫もいなくなった我が家には誰も残りません・・・たぶん、嫁いだ妹がなんとかしてくれると思いますが、もしかすると更地になって売りに出されてしまうのかもしれません。

たいした財産もないので、それはそれでスッキリして良いかもしれないなと、思います。

 50代の頃は、親の看護や介護で精一杯で、こんなこと考えもしませんでしたけれど、60代ともなると、やはり、自分の死にざまを考えてしまうものです。

決してネガティブな気持ちではないのです。もちろんできるだけ長生きしたいとは思っています。

若い頃は死を考えるときは、人ごとみたいで、若干の恐怖もともないましたが、今は、いつか我が身に起こることと考えて、以前よりもっと身近な感じです。 

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