くきはの余生

60歳目前に患った卵巣がんと糖尿病についての覚え書き。これからの人生を心豊かに暮らすための活動記録

人生が変わった小さなできごと

今週のお題「人生変わった瞬間」

私の生き方を変えたできごとは、幾つかあります。

その中のひとつ。大学生の頃、合唱部の定期演奏会の準備で、プログラムのパンフレット製作担当になったことです。

私の父は教育者で、理科の教師でした。母方の祖父は国語の教師で、祖母も小学校の先生でした。そんな私が大学に進学させてもらったのも、父のように教師になることを期待されてのことでした。

 

でも、実は、内心、教師になることは気が重かったのです。

いわゆる教育者の家系で、知り合いも、町の人たちも、みんな父を知っている状態なので、それが、私としてはとても重かったのです。

父と同じ道を歩むことは、有利でもあるけれど、父という、自分でも尊敬している大きな存在が常について回ります。

それをはね除けて、生きて行けるだけの気概が私にあるかというと、教育に対してそれほど情熱があるわけでもありませんでした。

教育実習の時、授業を先生方が見学してくださるのですが、他の実習生の授業は数人ほどの見学のことが多かったのに、私のときだけ、教室の後にずらりとたくさんの先生方が並んだ時に、実感しました。私が「あの○○先生の娘」だから、興味を持ってくださったのだろうと。

それをチャンスに生かせるような人なら良かったのですけれど、私はそれを重圧に感じてしまったのです。

そんなフラフラした気持ちで、教育課程を学んでいたところに、パンフレット製作の係がまわってきました。

原稿を集めたり、レイアウトやデザインを考えて、印刷所の方と打ち合わせしたり、初めての経験でしたけれど、とても面白かったのです。

合わせて、子供の頃の夢を思い出しました「本を作る人」になりたかったのです。「雑誌とかマンガじゃなくて本が作りたい」。すっかり忘れていましたが、そんな夢を持っていたことがありました。

10ページあまりの小冊子ではありましたが、原稿を活字にして本にするという過程を実体験してみて、私はこれがやりたいんだと思ってしまったのでした。

娘と教育について語るのを楽しみにしていた父は、きっとがっかりしたと思います。まわりの方々からも勿体ないと言われました。

でもそれが、めぐり合わせだったのかもしれません。

今、そういう選択をしたことを後悔していませんし、夢だった「本を作ること」も経験できました。実家に戻ってからも、興味をもったこと、やりたいことをやって楽しんできましたから、良い人生だったと言えるのではないかと思っています。